『赤い約束』

これは、私が五年前に田舎で体験した出来事だ。

新しく借りたアパートは、一見すると普通だった。

しかし、気になったのは異常に安い家賃。不動産屋は「事故物件」という言葉を一切口にしなかったが、契約の際、どこか曇った表情をしていたのを覚えている。

引っ越し当日、部屋に足を踏み入れた瞬間、得体の知れない違和感が襲ってきた。空気が妙に湿っていて冷たく、まるで誰かの視線を感じるような気がしたのだ。ふと壁の隅を見ると、壁紙がわずかに浮いている。気になって近づくと、壁紙の下から赤黒い染みが滲み出ていた。嫌な気配を感じたが、安さには代えられない。気にしないようにして、その夜を迎えた。

夜中、ふと目が覚め、寝ぼけた頭で部屋を見回すと部屋の中央に人影が立っていることに気づいた。

暗闇に溶け込むような、ぼんやりとしたシルエット。

声を出すこともできず、ただ息を潜めると、その影はゆっくりと壁の染みへと歩き、壁の中に消えていった

翌朝、管理人に壁の染みについて尋ねた。しかし、「前の住人が何かを塗ったみたいでね」と、はぐらかされるばかりだった。気になった私は、自分で調べることにした。

近所の住人に話を聞き、古い新聞を探しているうちに、数年前、この部屋に住んでいた女性が突然消息を絶っていたことが分かった。

しかし、それ以上の情報はどこにもなかった。さらに奇妙なことに、この部屋に住んだ人は誰も長く住めなかったという。

数日後、壁の染みが徐々に広がり、ある形を作り始めた。じっと見つめていると、それは女性の顔のようにも見えてきた。

不安が募り、引っ越しを考え始めた。そんな矢先、奇妙な夢を見た。

夢の中で、私は見知らぬ女性と向かい合っていた。彼女の顔は、壁の染みにそっくりだった。悲しげな瞳で私をじっと見つめ、こう囁いた。

「約束…守って…」

次の瞬間、彼女は崩れ落ちるように消えた。

目を覚ました時、私は戦慄した。

自分の手が赤く染まっていたのださらに、壁には何かが指で書かれていた。

『逃げないで』

恐怖で心臓が締め付けられるようだった。すぐに荷物をまとめて逃げようとした。

しかし、玄関のドアはびくともせず、窓も開かない。スマホを手に取るが、画面は真っ黒で何の反応もない。

その時——。

背後から声が聞こえた。

「逃げないで……約束を守って……」

振り返ると、夢で見たあの女性が立っていた。

彼女の顔は苦しげに歪み、涙が頬を伝っていた。

「あなたも私と同じ……約束を破った……」

彼女が手を伸ばすと、私は抵抗する間もなく、壁の中へと吸い込まれていった——。

——気がつくと、私はベッドの上にいた。

すぐに壁を見ると、新たな赤黒い染みが増えていた

それは以前よりも濃く、はっきりとしていた。

私はその日、すぐに引っ越した。

それ以来、あの部屋の夢を見ることはなくなった。

しかし、あの場所は今も誰かを待ち続けているのかもしれない。

誰も住まぬまま取り残された部屋では、今も静かに赤い染みが広がり続けている・・・

【おまけ】事故物件の見分け方

今回のように、不動産屋が「事故物件」と明言しなくても、家賃が異常に安い場合や管理人や近隣住人が明らかに口を濁す場合は要注意です。

怪談ではなく現実にも起こる“心理的瑕疵物件”

実際に、日本には「心理的瑕疵(かし)物件」として、過去に事件や事故があった部屋が格安で貸し出されるケースが存在します。もし興味がある方は、国土交通省や不動産情報サイトの「事故物件リスト」を参考にしてください。

このような物件には、何かが残っているのかもしれません。

あなたが次に住む部屋は、本当に安全でしょうか?

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