廃墟巡りって、興味ある人は多いと思う。俺もその一人だった。
でも――これは、本当に行っちゃいけなかったと思ってる場所の話だ。今でも、夢に出てくる。
大学3年の夏。俺を含めて5人のグループで、茨城方面にある“ある廃ホテル”に行った。名前は出さないけど、某オカルト掲示板でちょっと話題になってた場所だ。
「泊まったやつが失踪した」「女の声が聞こえる」みたいな、よくある噂。俺たちは怖がるどころか、そういうのをむしろ求めてた。夜中に行って肝試しして、SNSにアップして――そういうノリ。
現地に着いたのは夕方6時前。曇り空で、山の中はもうほぼ夜。廃ホテルの入口は錆びた柵が倒れてて、注意書きの看板も文字がかすれて読めなかった。外観はコンクリ2階建て、窓はほぼ全部割れてて、植物が壁を伝って伸びてた。
中に入ると、腐った木材と湿ったカビの匂いが鼻についた。1階はロビーと浴場、食堂の跡があって、天井の一部が崩れてた。俺たちはふざけて動画を撮ったり、くだらない話してたけど、特に何も起きなかった。
――だけど、2階だけは違った。
階段を登って廊下を進むと、奥に一つだけ妙に“綺麗な部屋”があった。ドアが少しだけ開いてて、誰かが中を見た瞬間、空気が変わったのがわかった。埃も少なくて、ベッドがまっすぐ整ってた。窓も割れてない。
俺がその部屋を撮ろうとスマホを構えた瞬間、ライトがスッと消えた。バッテリーは80%以上残ってたはずのに、真っ暗。
「え?」ってなってると、どこからか「カン…カン…」っていう音が聞こえてきた。乾いた金属音みたいな。最初は遠くの方。けど、徐々に近づいてくる。壁伝いに、ゆっくりと。
その場にいた全員が無言になった。誰も悪ふざけしてない。
次の瞬間、部屋の奥から、女の呻き声みたいなのが聞こえた。
「う……う……」
しゃがれた声。呼吸のようで、声のようで、何かが苦しんでるような音。俺たちは一斉に階段を駆け下りた。悲鳴も出なかった。逃げることで頭がいっぱいだった。
俺は最後尾だった。階段の手前で一度だけ振り返った。
あの部屋の中から、“それ”が出てくるのが見えた。
白いワンピースを着た女。顔は髪に隠れて見えない。だけど、腕や脚の動きが人間のものじゃなかった。関節が逆に曲がってるみたいな、折れたマリオネットの動き。
俺は叫びながら階段を飛び降りた。全員、車に乗るまで一言も発さなかった。
それで終われば、まだ「怖かったな」で済んだかもしれない。
翌日、メンバーの一人・カズ(仮名)が大学に来なかった。連絡もつかない。心配になって家に行ったら、お母さんが玄関に出てきて「カズが部屋から出てこない」と。
聞けば、昨夜から押し入れに閉じこもって、「女が入ってくる」「声がする」と言ってるらしい。
部屋から出ようとすると暴れだして、病院にも連れて行けないって。
俺たちは、その日以降、あのときのメンバーで集まることはなくなった。LINEのグループも自然に消えた。誰も口に出さないけど、たぶんみんな、あの部屋がまだ夢に出てくるんだと思う。
俺もそうだ。
白いワンピースの女が、ベッドに座ってこっちを見ている夢。顔は、いつも髪で見えない。
でも、最近は――少しずつ、近づいてきてる….
次に夢に出たとき、たぶん……顔が見える気がする。
【おまけ】廃墟に行く人へ
実際にこういう場所は全国に存在していますが、心霊体験以前に倒壊・崩落・釘やガラスによる怪我、野生動物との遭遇など、危険が本当に多いので気をつけてくださいね。
立入禁止と書かれている場所には絶対に入らないように。
興味本位の肝試しは、取り返しのつかないことになりかねないこと。
もしかしたら、この読者のように何かに取り憑かれるかもしれませんよ。